子どもの視力低下は「遺伝だから仕方ない」と思いがちですが、実は生活環境も大きく関係しています。
近年では小学生の約4割が裸眼視力1.0未満とされており、いまや近視は多くの子どもが抱える身近な問題です。近視は進行すると、将来の目の病気や子どもの学力、心の健康にも影響するため、早期からの予防が欠かせません。
本記事では、遺伝と環境が視力に与える影響や、今日からできる生活習慣の改善点を解説します。
1982年大阪大学医学部卒業。2019年より大阪大学大学院生命機能研究科特任教授に就任。小児眼科、弱視斜視、眼光学、ロービジョンなどを専門とする他、一般眼科にも取り組んでいる。
子どもの視力低下の原因で多いのは、近視です。近視とは、眼球の奥行き(眼軸長)が伸びることで角膜から網膜までの距離が長くなり、ピントが合わなくなる状態を指します。
近視は遺伝と環境の両方が関係しているというのが、文部科学省や日本眼科学会の見解です。そのため、生まれつき近視になりやすい体質を持っていても、環境次第で進行を抑えられる場合があります。
逆に両親が近視でなくても、長時間近くを見るなどの環境要因によって近視が進行する可能性も否定できません。
また、近年は子どもの近視が増加傾向にあります。令和4年度に行われた文部科学省の調査では、裸眼視力1.0未満の割合は小学生で約4割、中学生では6割以上にのぼりました。
特に、10歳以下で近視を発症すると強度近視へ進行しやすく、将来目の病気との関連性が高まるとされています。そのため、早期から近視予防を意識した生活習慣や対策を心がけることが大切です。
ここでは、子どもの視力に遺伝がどのように影響するのかをみていきましょう。
近年の研究では、父母のどちらかが近視の場合、子どもが近視になる確率は通常の約2倍に上がるとされています。さらに両親ともに近視の場合、子どもが近視になる確率は約5倍に跳ね上がります。
このため、自分やパートナーが近視の家庭では「子どもも近視になりやすい」と理解しておくことが大切です。
特に小学校に入る前から強い近視がみられるケースでは、生活習慣よりも遺伝の影響が大きいと考えられます。病的近視と呼ばれる合併症を起こしやすい近視や、他の目の病気が隠れている場合もあるため、異常を感じたら眼科を受診しましょう。
両親の視力に問題がなくても、祖父母や曾祖父母に強い近視の人がいる場合、子どもが近視になるケースがあります。
遺伝子は世代を超えて受け継がれるため、親が近視でなくても、潜在的に近視の要因となる遺伝子を持っている場合があります。子どもにその遺伝子が受け継がれて、さらに環境要因が重なると、近視を発症する可能性があるのです。
とはいえ、家族に近視の人がいるからといって、悲観する必要はありません。
近視には軽度から強度まで幅があり、とくに注意が必要なのは、将来目の病気と関連しやすい強度近視です。強度近視に進行しないよう、生活環境を整えて予防に取り組むことが、子どもの将来の目の健康を守ることにつながります。
子どもの近視は、優性・劣性遺伝のように1つの遺伝子の組み合わせで決まるものではありません。近年の研究では、近視の発症には複数の遺伝子が関与していることが明らかになっています。
さらに、生活習慣などの環境要因によって、近視のなりやすさや進行スピードは大きく左右されます。つまり近視は、遺伝要因と環境要因が複雑に影響し合って起こる、多因子疾患であるといえるのです。
詳しくは以下の記事で解説しています。
関連記事:【眼科医監修】子どもの近視は遺伝する?母親・父親からの影響とそのほかの要因を解説
ここでは、環境が子どもの近視に与える影響についてみていきましょう。
屋外で過ごす時間が少ない子どもほど、近視が進みやすい傾向があります。
昔から、日光を浴びると目の中で作られる「ドーパミン」という物質が、眼球の伸びを抑える働きを持つと考えられてきました。
日光を浴びる機会が減ると、このドーパミンによる抑制が弱まり、近視の発症・進行につながります。実際、屋外で長時間遊ぶ子どもたちは、近視の発症が遅れることが報告されています。
最近の研究では、太陽光に含まれる様々な色の光も関係していることが分かってきており、太陽光に含まれる光の一つの成分であるバイオレットライト(紫色光)は、目の中にある特殊なセンサーを刺激し、「近視を抑える遺伝子」のスイッチを入れるとされています。
睡眠不足は、子どもの近視リスクを高める要因のひとつです。
2015年、慶應義塾大学病院は10〜59歳の屈折異常患者(近視患者)477名を対象に、睡眠の質と視力の関係について調査を行いました。その結果、未成年では近視が強いほど就寝時刻が遅く、睡眠時間も短い傾向があることが明らかになっています。
つまり、夜更かしや睡眠不足は視力の低下と関連性があるとされているのです。
近くを見る時間が長いほど、子どもの近視リスクは高まります。理由は長時間の近くを見る作業、つまり近業で目の筋肉に負担がかかるためです。
目の中には毛様体筋という筋肉があり、水晶体というレンズを引っ張ったり緩めたりしてピント調節をしています。
しかし近業が長時間におよぶと、この毛様体筋が常に緊張した状態になり、筋肉がこり固まってしまいます。すると、遠くにピントが合わせにくくなり、近視の発症や進行につながるのです。
特に20cmより近くで行う近業は、近視の発症を高めることが分かっています。スマートフォンなどの小型の携帯機器を使用する際は、目と画面の距離が20cmより近くなりやすいため注意しましょう。
都市化が進んだ地域に住む子どもほど、近視になりやすいとされています。
2023年に中国で発表された研究では、17万7,894人の小学生を対象に調査したところ、都市化の進んだ地域に住む子どもは近視が多いことが判明しました。
| 地域 | 近視有病率 | 差分 |
|---|---|---|
| 都市化が進んだ地域 | 67.2% | +3.0% |
| 都市化が進まない地域 | 64.2% | ― |
さらに「都市スコア」が1単位増加するごとに、1〜2年後の近視リスクが上昇すると報告されています。都市スコアとは以下の要素で構成されており、都市化に伴う環境の変化が近視リスクに直結することを示しています。
都市での暮らしは便利ですが、子どもの目に負担をかけやすい環境のため配慮が必要です。
視力の低下が招く問題は、生活の不便さだけではありません。将来の子どもの健康や学習などに、さまざまな影響を与えることが分かっています。
疫学研究では近視が強くなるほど、緑内障や白内障、網膜剥離といった目の病気のリスクが高まることが示されています。
以下は、近視の強さと病気の発症との関連を示したオッズ比(※)です。
| 近視度数(単位:D) | 白内障 | 緑内障 | 網膜剥離 |
|---|---|---|---|
| 弱度近視 (SE:-0.5以上、-3.0未満) |
2倍 | 2倍 | 3倍 |
| 中等度近視 (SE:-3.0以上、-6.0未満) |
3倍 | 3倍 | 9倍 |
| 強度近視 (SE:-6.0以上) |
5倍 | 3倍 | 13倍 |
表から分かるように、弱い近視でも発症リスクは通常より高く、近視が強いほどそのリスクはさらに大きくなります。
(※)ある因子がある病気の発症に関連する程度を表す指標。大きいほど関連性が強いとされます。注意点として、何倍病気になりやすいという意味ではありません。
視力が低下すると、黒板の文字や本の活字が見えにくくなり、子どもの学習効率や集中力に大きな影響を与えます。
2020年に発表された小学生約1万人を対象とした研究では、成績が低い子どもほど目に問題があることが示されました。
成績不良の子どもに多く報告されたのは、以下の症状です。
このように、視力の低下は単なる見えにくさにとどまらず、学びの質や集中力を損ねる恐れがあります。
視力の問題は、子どもの心の健康にも影響を与えかねません。特に近視の子どもは、そうでない子どもに比べてうつ病や不安のスコアが高いことが研究で判明しています。
理由としては、視力が低下し見えにくい状態が続くと、学校での成績が落ちやすく、子どもが劣等感を感じやすくなるためです。加えて、友達との遊びや運動に参加しにくくなるため、孤立感や自己肯定感が低下し不安や落ち込みを招きやすくなります。
実際に、約70万人のデータを分析した研究では、視覚障害のある子どもはうつ病や不安の症状が高いことが明らかになっています。
このように近視は、子どもの健やかな心の成長にも深く関わる問題です。
近視には遺伝や環境が影響しますが、日々の生活習慣の工夫次第でリスクを軽減できます。
屋外で過ごす時間を増やすことは、子どもの近視予防に効果的です。文部科学省の実態調査でも、外遊びの時間が長い子どもほど近視が少ない傾向が示されています。
特に1日2時間以上の屋外活動が有効とされており、このとき必要な明るさは1,000〜3,000ルクス以上です。これは直射日光でなくても得られる明るさで、曇りの日や建物の影、木陰でも十分確保できます。
夏の晴れた日なら帽子やサングラスを使っても、近視予防に必要な光は目に届きます。熱中症や紫外線対策を行ったうえで、外で遊びましょう。
近くを見続ける近業は、子どもの目に負担をかけます。
そのため、以下の点に注意してください。
加えて作業環境にも配慮し、部屋の明るさを十分に確保しましょう。目安としては、照度計で200ルクス以上です。部屋の照明はもちろん、デスクライトなどで手元を明るくすると目の負担を減らせます。
スマートフォンなどの小型機器は目を近づけやすいため、テレビなど大きな画面に映して使うのも効果的です。
子どもの視力は成長とともに変化しやすいため、定期的な眼科受診が欠かせません。
近視の多くは3、4年生で発症しますが、近年では低学年化が進んでいます。6歳未満で近視となるケースもあるため、早めの予防と対策が重要です。
学校検診だけに頼らず、視力に問題がない場合でも2年に1回は眼科検診を受けましょう。
| 年齢・状態 | 受診の目安 |
|---|---|
| 未就学児 | 視力低下のサインがあれば早めに受診 |
| 小学生〜中学生 | 2年に1回の検診 |
| メガネ・コンタクトを使用している | 年1回または主治医の指示に従う |
子どもの視力低下サインには、以下のものがあります。このサインがあった場合は、早めに眼科受診を検討してください。
日ごろの観察と定期的な受診が、子どもの視力を守ることにつながります。
子どもの視力低下の原因は、遺伝と環境です。近視が進むと、将来の目の病気リスクに加え、学習効率や心の健康への影響も懸念されます。
予防には、屋外での遊びを増やす、近業をするときは目を離して定期的に休む、などの生活習慣の見直しが大切です。加えて、日ごろから視力低下のサインがないか、子どもの様子を観察して定期的に眼科を受診してください。
日々の習慣と定期的なチェックで、大切な子どもの目を守っていきましょう。