Patricia UrquiolaPatricia Urquiola

JINS × Patricia Urquiola InterviewJINS × Patricia Urquiola Interview

スタート地点で考えたのは、
未来を考えて行動すること

スタート地点で考えたのは、未来を考えて行動すること

JINS Design Projectのチームとの最初のミーティングは4年前です。私と同世代の女性たちを対象とする製品開発を予定していると聞き、使う方々を狭めてしまうことなく、広く開かれたデザインを目指すのが良いのではないかという提案をさせていただきました。JINSの皆さんのオープンな姿勢や熱意が伝わってきたので、そうしたことをふまえての提案でもありました。
スタート地点では「現代のエレガンス」というキーワードも挙がっていましたね。この点に関して私は、「現代のエレガンスとは、未来のことを考えて行動すること」とお伝えしました。未来を考察するプロジェクトにおいては最先端の素材や革新的な技術が取り入れられることが多いかもしれませんが、JINSに蓄積されているものを最大限に生かしながら、多くの皆さんに、楽しみながら使ってもらえるメガネの実現に取り組んでみたいと思ったのです。
いま振り返ると、JINSとの対話となったこうした出発点が実に重要な一歩となっていたことを強く感じます。素材を例に挙げても、チームの皆さんとのやりとりの連続でした。素材の特性については後ほどお話ししますが、環境に対する配慮がなされた素材を用いることにはこだわりました。
同時に、メガネのクオリティはもちろんしっかりと実現しないとなりません。素材や技術面でもJINSのチームの皆さんからの提案を重ねてもらい、これまでなかった特性を備えたメガネのデザインに着地しています。このコレクションの重要なコンセプトは「HILO」という名前に込められています。

スタート地点で考えたのは、未来を考えて行動すること

HILOとは一本の糸。
素材、物、使う人の心がつながる状況

HILOとは一本の糸。<br>素材、物、使う人の心がつながる状況HILOとは一本の糸。<br>素材、物、使う人の心がつながる状況

「HILO」とは私が生まれ育ったスペインのことばで、「糸」の意味です。一本の糸、連なる線、ある流れによってつなげられていくもの。未来に向けた意識や行動が行われていることを象徴することばとしても、「HILO」はこのプロジェクトにふさわしいと考えました。これらのデザインの特徴である流れるようなフォルムからも、一本の線という意味を実感してもらえると思います。
スペイン語の発音は「イロ」ですが、今回のプロジェクトでは「ヒロ」と呼ぶことにしました。
「ヒロ」は日本の皆さんの名前にもありますよね。私にもヒロという名の昔からの友人がいるので、親しみのある響きです。このことばを聞くと嬉しくなります。
こうした「HILO」のデザインは素材の特性と密接で、技術面での試みとも切り離すことができません。その意味においても一本の線としてつながっているわけです。この素材についてお話ししましょう。今回のプロジェクトで私は、サステイナブルな素材にこだわりたいと考えました。適切な素材を吟味し、その特性を生かしていくことに情熱を持ってとり組みたかったのです。
JINSのチームによる提案から、100%石油由来の素材ではなく、植物由来の油(ひまし油)を45%含んだ環境配慮型のバイオ素材を選択しました。耐久性と柔軟性の双方を備えているので、インジェクション・モールディング(射出成型)で製造する際の堅牢性、剛性も満たすなど、私たちの希望にまさにかなった素材でした。この素材はすでにメガネに採用されているものでもありましたが、私が提案したようなフォルムに用いられたことはなく、今回のデザインをこの素材の射出成型で実現するのは難しいのではないかといった声も関係者からは出ていました。
求められるディテールをしっかり表現できるのか、その検討だけで1年以上の時間がかかりましたね。JINSのチームが努力を重ねてくれて、環境に対する配慮と同時にJINSの基準となっている強度を実現できたのは本当に嬉しいことです。また、顔になじむメガネであるためには軽さも重要で、この素材は圧倒的な軽さとなっています。このようにして、従来にはなかったしなやかさを備えた普段使いのメガネを実現できました。
サステイナブルな社会に対する私の考えは、専用パッケージでも同様です。再生素材を用い、ロゴの印刷では大豆原料のインクを選択しています。

2つのタイプ、LAYERSとFLUID。

2つのタイプ、LAYERSとFLUID。2つのタイプ、LAYERSとFLUID。2つのタイプ、LAYERSとFLUID。

デザインの過程では膨大な数のドローイングを描きながら、検討を重ねました。重視したのは、やさしい、ということ。これほどまでに顔に近いところで用いるプロダクトですから、フォルムはもちろん、顔になじみ、たおやかとも言ってよい存在としてのメガネを実現したかった。手にとった際、かける際の柔軟さとしても、可能な限りやさしいものであることを重視しました。この考えのもとに2タイプのデザインを考え、さらに各々に2種類のフォルムを用意しています。
LAYERS(レイヤーズ)」では「アッセンブル」をキーワードとして、積み重ねる、つなぎあわせるという考えでのデザインです。フロント、ブリッジ、ヨロイ、テンプルなどメガネを構成する各部分のパーツを重ねて、色も層となっています。なかでも特徴的なのがテンプル部分で、重なるデザインの形状、色の検討には長い時間を費やしています。
FLUID(フルイド)」は、テンプルからリムに至り一本の線でつながったデザイン。ひと筆書きのような線が顔になじんで洗練された姿となることを考えましたが、フロントからテンプルへとラインがぐるりと回転してつながるデザインでは、レンズを保持するフレームとしての形状とすることが最初は難しく、ラインの形状や太さの微調整でも大変な時間がかかっています。「フロントとテンプルを結ぶ部分でも、かけた時にヒンジが完全に隠れることを始め、求められた精度を達成するために、信じられないほどのハードルを乗り越えなくてはなりませんでした。
これら「LAYERS」「FLUID」のそれぞれに、「ROUND(ラウンド)」と「SQUARE(スクエア)」の2種類のデザインを用意しました。ラウンドでは正円を避けて顔になじむフォルムを、スクエアでもなめらかな形状のフロントとしています。
シンプルなデザインに見えるかもしれませんが、細部を詰める作業をJINSのチームと続け、工場においても試行錯誤が重ねられたフォルムです。開発プロセスでの私たちの対話の一端をご覧いただけるのが、手元に残るこの図面(右ページ)ですね。こうして最初に考えたデザインコンセプトをバイオ素材で実現できたことを、私自身も誇りに思っています。既存の限界にチャレンジし、最良のかたちでその壁を崩すことができたと思います。

2つのタイプ、LAYERSとFLUID。2つのタイプ、LAYERSとFLUID。2つのタイプ、LAYERSとFLUID。
2つのタイプ、LAYERSとFLUID。

深いニュアンスを湛えた
これまでになかった色の選択

深いニュアンスを湛えたこれまでになかった色の選択深いニュアンスを湛えたこれまでになかった色の選択深いニュアンスを湛えたこれまでになかった色の選択

このプロジェクトにおける挑戦は、カラーリングでも同様です。ライトブルーやグリーンなど通常のメガネには用いられにくい色も用いていますが、違和感がなく肌なじみの良い色であること、手にとる人々の表情や心が穏やかになる色にはこだわりました。また、あたり前のことではありますが、主張が強すぎて人の存在を消してしまったりすることのない色であること。今回の色彩パレットはこうした私の考えから自然と導き出されたもので、製品開発上の理論に基づく色とは異なるものです。
茶色がかったレッドをはじめ、ブルーやブラックも、私が望んでいた通りに深みのある表情となっています。なかでも私が気に入っているのはグリーン。半透明で主張しすぎない色でありながらも従来のJINSのメガネになかった絶妙のテイストにできました。見てみてください。この色、とても美しいでしょう!
「LAYERS」タイプの2色の組み合わせでも、ブラックとライトブルーのようにイメージ通のカラーリングとなり、このことにも満足しています。メガネをかける人の個性を受け入れながら、魅力的な表情をもたらしてくれるデリケートな色のラインアップを、年齢や性別を超えて楽しんでいただけると思います。

深いニュアンスを湛えたこれまでになかった色の選択深いニュアンスを湛えたこれまでになかった色の選択深いニュアンスを湛えたこれまでになかった色の選択

パトリシアが考えるイノベーションとは

私たちを取り巻く環境はここ数年大きく変わりました。新しい思考が求められる世界に、いま私たちは生きています。
デザイナーにはエンジニアやユーザーとの間となる自らの立場を理解し、提案していくことが求められていることを自覚しています。大切にしなくてはならないのは対話で、対話を重ねることで革新的な状況そのものも生み出せると信じています。
最先端の素材や技術とは異なる工芸的なものや古くからある手仕事においても、かつてなかった製造の手法やプロセスを試みることで、イノベーションの源とすることができるでしょう。そのうえで、様々な感覚や感性に訴えられるデザインであること。そのことが大切なんです。考え方そのものにおけるイノベーションも忘れてはなりません。プロセスを楽しむことが、私が仕事をする上での要(かなめ)なのです。
私はいつも、これまでの考え方では解決できない課題を乗り越えていくことにこそ、デザインや製品開発の醍醐味があると考えています。仲間やクライアントと力を合わせ、妥協できない点に情熱と楽しむ心で向き合うことで初めてやり遂げることのできる、真のイノベーションといえるものですね。
このように私の活動は常時リサーチし続けることであり、そのすべてにおいて不可欠なのがイノベーティブであることですが、声高に訴えるものであったり、一瞬にして目に飛び込んでくる類のものでなくても良いと考えているんです。というのも、選択した素材や技術に、革新的な側面は内包されていきますから。今回、多くの人が関心を持ってくれるメガネが生まれたのは、流れるような形やしなやかさの賜物です。そう、「HILO」で実現できたことはすべて、私のデザイン活動において譲ることのできない大切なことばかりです。

パトリシアが考えるイノベーションとは

H2O Bilbao Jug

ビルバオ市、水道局とスローフード協会ビルバオ-ビスカヤが、オクスファムの協力を得て実現したチャリティプロジェクトのためにデザインされた。市内10か所ほどのレストランにおいて、有料でこの水差しで水道水を提供。その収益金は、遠く離れた場所まで水汲みに行かなくてはならない伝統によって妨げられてきた女子教育の現状を変えるべく、アフリカ等の国々に寄付された。「バスク地方の人々が昔から用いてきた水差しの原型のようなものに着想を得てデザインしました。水によって社会を変えていく。考え方におけるイノベーションです」